音楽が救えるもの
私が好きなバンド、UNISON SQUARE GARDENの「シューゲイザースピーカー」という曲の、ラスサビの手前に、こんな歌詞があります。
どんなヒットソングでも 救えない命があること
いい加減気づいてよ ねえ だから音楽は今日も息をするのだろう
この曲の他の歌詞もとても好きなのですが、これが特に心に響きました。
「何かを救える」という観点で言えば、形のないものに気づくことができ、大切だと気付くことができ、守ることができる。そんな風に私は思います。
主に"心"です。精神的な何か、それは落ち込んでる気持ちかも知れないし、友情や愛情のような人との繋がりかもしれません。
わたしが「救われた」とよく話すことは、下を向いてしまうとき、否定的になってしまうとき、つらくて仕方ないとき、それを許してくれる、ということです。
勿論、勢いがあって、バズーカ砲を連射するような、思い切り叫べるような曲も大好きです。暗い帰り道でも心が照らされるような気がします。重たい足取りが枷が外れたように軽くなるような気がします。緊張がメラメラと燃える勇気に変わる気がします。
自己肯定感が低く、臆病で泣き虫で、自分が嫌いな自分と、それをより加速させる環境によって、時にこのような曲をつらく捉えてしまいます。
そんなときは「このままでいい」と今の自分を肯定してくれる曲が、私を救ってくれるのです。そのおかげで今日も明日を迎えることができるのです。
逆に、”命”のような物質的なものは救えません。事故、災害、病気……止められないものがたくさんあります。残酷に偶然は引き起こされます。
天と地がひっくり返っても、不可能が可能になることはありません。
唯一、”自殺”は偶然ではありません。いつだって本人の意思で行われます。
そんな人の心が救えたら。癒せることができたなら。この命は、救えるのではないでしょうか。
ネットの誹謗中傷、煽りを受けている人。
いじめや虐待など、身近な環境の苦痛を受けている人。
何もかもうまくいかず、社会的に苦しむ人。
逃げる場所と休む時間が、誰にでもあるべきです。そしてその場所で、その時間で、音楽を聴いて、心を癒してほしい。肩の荷を下ろしてほしい。思い切り叫んで、泣いて、笑ってほしい。
極端に”命”の例を挙げましたが、「そこまでではないから、きっと自分の我慢が足りないだけ」と、些細な我慢を重ね、心を削っている人が、必ずいると思います。
私もその一人です。辛くて寝れないわけでもない、鬱病でもない、だから私の我慢が足りないのだ、と。
自分を厳しく律するのも自分ですが、自分を甘やかし、休ませることができるのもまた自分なのだということを、どうか忘れないでください。逃げる場所と休む時間が、誰にでもあるべきなのです。生きているだけが、息をしているだけが人生ではありません。
自分を救ってくれる、素敵な音楽に出会えますように。
一人孤独に、寂しさに暮れることがありませんように。
P.S.
ありきたりな言葉で綴ります。
私は音楽が大好きです。そして音楽に救われました。だから私も誰かを救える曲を作りたいと思います。密かに持つ小さな(大きな?)夢です。応援よろしくお願いします(?)。